更新は不定期でだいたい0時ぐらい。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
論理について勉強していたのですが
自分でなんとか噛み砕いて理解したものを忘れないためにも、
みなさんにも理解しやすいようにここに書き留めておきます。
今回は論理についてのお話です。
論理というと高校数学の最初のほうに習った記憶があると思います。
いわば数学の基本、土台とも言えますが
人によって結構得意不得意の分かれるところだと思います。
ではみなさんは記事タイトルの命題に答えられるでしょうか?
1=2!? その時点でおかしい…
仮に1に2を代入すると2+2=4、でもは1+2とも置けるし…
そもそも1=2としておいてそんな計算意味あるんでしょうか?
ではちょっと話を逸らして、数Aでこんな記号習いましたよね?
"p ⇒ q"…「pならばqである」
一般に正しいか正しくないかが定まる文や式を命題と言いました。
それが正しければ命題は「真」、正しくなければ「偽」といいますね。
例えば「アンパンならばパンである」これは間違いなく真です。
「x>2ならばx^2>4である」これも真。
ではこれは?「x,yがともに無理数ならばx+yは無理数である」
これは偽です。反例をあげると(1-√2)+(1+√2)=2 とかね。
これらの命題を見て何か共通点はありませんかね?
考えてみて下さい。
…ピンと来ても来なくても答えをいうと、これらの命題「pならばqである」の文中の
p,qはともにある集合(条件)を表すものであるということです。
最初の例ではpは「アンパン」の集合、qは「パン」の集合を表しています。
他の例も言うまでもありません。
p,qの表す集合をそれぞれP,Qとします。
「p ⇒ q」が成り立つとき「P⊂Q」といえますね。
では再び記事タイトルを見てください。
「1=2」、「1+1=2」は集合といえるでしょうか。
明らかに違いますよね?
この命題の難しいところは
p,qがただ単に集合や条件を表すものとは一概にいえないということです。
ここで気づいた人もいるかもしれませんが
実は「1=2ならば1+1=2である」という文全体も命題といえるのですが
「1=2」、「1+1=2」も「1ならば2である」、「1+1ならば2である」
という命題に置き換えることができるのです!
つまりこの文中のp,qは集合でも条件でもなく命題だったのです。
命題全体はこう言い換えられます。
「1=2が真ならば1+1=2は真である」…①
でもそもそも「1ならば2である」は明らかに偽です。
こういうときはどうするのでしょうか?
論理学的にはこういう場合は①は真であると扱います。
となると記事タイトルの命題は「真」となるのです。
「pならば」という前提条件にあたる部分が
既に間違いであるのでこうなれば後に何が来てもアリということみたいです。
「無法状態」とでもいうのでしょうかw
たとえ「1=2ならば1+1=1である」というp,qがともに偽である命題でも
pの「~ならば」の部分が偽であれば「真」として扱うのです。
論理学的に、ある命題A,Bに対して
「Aが真ならばBは真である」と定義される命題を
"A ⇒ B" と表記し、「AならばB(である)」または「AはBを含意する」などといいます。
そしてその命題の真偽は
Aが真でBが真のとき「真」
Aが真でBが偽のとき「偽」
Aが偽でBが真のとき「真」
Aが偽でBが偽のとき「真」
とします。
また、これは「Aでない、またはBである」という命題の真偽と一致します。
(これを"¬A∨B"と書きます。"¬"は「~でない」の意味、"∨"は和集合を表す"∪"とは違うことに注意)
大学でいきなり含意の定義について説明を受けて混乱を起こす生徒も多いそうなんで
覚えておくとリードできるかもしれませんね。
では今日はここまで。
自分でなんとか噛み砕いて理解したものを忘れないためにも、
みなさんにも理解しやすいようにここに書き留めておきます。
今回は論理についてのお話です。
論理というと高校数学の最初のほうに習った記憶があると思います。
いわば数学の基本、土台とも言えますが
人によって結構得意不得意の分かれるところだと思います。
ではみなさんは記事タイトルの命題に答えられるでしょうか?
1=2!? その時点でおかしい…
仮に1に2を代入すると2+2=4、でもは1+2とも置けるし…
そもそも1=2としておいてそんな計算意味あるんでしょうか?
ではちょっと話を逸らして、数Aでこんな記号習いましたよね?
"p ⇒ q"…「pならばqである」
一般に正しいか正しくないかが定まる文や式を命題と言いました。
それが正しければ命題は「真」、正しくなければ「偽」といいますね。
例えば「アンパンならばパンである」これは間違いなく真です。
「x>2ならばx^2>4である」これも真。
ではこれは?「x,yがともに無理数ならばx+yは無理数である」
これは偽です。反例をあげると(1-√2)+(1+√2)=2 とかね。
これらの命題を見て何か共通点はありませんかね?
考えてみて下さい。
…ピンと来ても来なくても答えをいうと、これらの命題「pならばqである」の文中の
p,qはともにある集合(条件)を表すものであるということです。
最初の例ではpは「アンパン」の集合、qは「パン」の集合を表しています。
他の例も言うまでもありません。
p,qの表す集合をそれぞれP,Qとします。
「p ⇒ q」が成り立つとき「P⊂Q」といえますね。
では再び記事タイトルを見てください。
「1=2」、「1+1=2」は集合といえるでしょうか。
明らかに違いますよね?
この命題の難しいところは
p,qがただ単に集合や条件を表すものとは一概にいえないということです。
ここで気づいた人もいるかもしれませんが
実は「1=2ならば1+1=2である」という文全体も命題といえるのですが
「1=2」、「1+1=2」も「1ならば2である」、「1+1ならば2である」
という命題に置き換えることができるのです!
つまりこの文中のp,qは集合でも条件でもなく命題だったのです。
命題全体はこう言い換えられます。
「1=2が真ならば1+1=2は真である」…①
でもそもそも「1ならば2である」は明らかに偽です。
こういうときはどうするのでしょうか?
論理学的にはこういう場合は①は真であると扱います。
となると記事タイトルの命題は「真」となるのです。
「pならば」という前提条件にあたる部分が
既に間違いであるのでこうなれば後に何が来てもアリということみたいです。
「無法状態」とでもいうのでしょうかw
たとえ「1=2ならば1+1=1である」というp,qがともに偽である命題でも
pの「~ならば」の部分が偽であれば「真」として扱うのです。
論理学的に、ある命題A,Bに対して
「Aが真ならばBは真である」と定義される命題を
"A ⇒ B" と表記し、「AならばB(である)」または「AはBを含意する」などといいます。
そしてその命題の真偽は
Aが真でBが真のとき「真」
Aが真でBが偽のとき「偽」
Aが偽でBが真のとき「真」
Aが偽でBが偽のとき「真」
とします。
また、これは「Aでない、またはBである」という命題の真偽と一致します。
(これを"¬A∨B"と書きます。"¬"は「~でない」の意味、"∨"は和集合を表す"∪"とは違うことに注意)
大学でいきなり含意の定義について説明を受けて混乱を起こす生徒も多いそうなんで
覚えておくとリードできるかもしれませんね。
では今日はここまで。
PR
この記事にコメントする
プロフィール
HN:
yorito
性別:
男性
職業:
高校生
自己紹介:
愛知県在住の高3男子が
心にうつりゆくよしなしごとを
そこはかとなく書き付けるブログです。
誰でもコメ歓迎。
心にうつりゆくよしなしごとを
そこはかとなく書き付けるブログです。
誰でもコメ歓迎。
カレンダー
カテゴリー
アクセスカウンター
ブログ内検索
NINJA TOOLS
雲野コア